2026年8月17日月曜日

中国侵略戦争阻止=核戦争阻止! アジア侵略、ヒロシマ・ナガサキを繰り返すな! 被爆81周年 8・6ヒロシマ大行動

 






速報は改憲・戦争阻止!大行進実行委員会のHP


アジア侵略、ヒロシマ・ナガサキを繰り返すな!

中国侵略戦争=核戦争阻止!

被爆81周年 8・6ヒロシマ大行動

基調提起


1 中国侵略戦争・世界戦争は始まっている

 81年目の8月6日、私たちは目の前で進む中国侵略戦争・世界戦争に、1秒たりともじっとしておれない。命をかけて、体をはって戦争をとめる、戦争と核の元凶である帝国主義を1日も早く打ち倒す以外にないという激しい怒りと危機感を持って今日立ち上がりました。

 私たちの目の前で、全身を核兵器で武装したアメリカ帝国主義による中国侵略戦争・世界戦争が始まっています。「使える核」などといって最新鋭の核兵器を開発しつつ「最新武器生産能力を4倍に」「ミサイル生産量を2倍以上に」と叫び、さらに自動車生産ラインまで軍事転用するなど第二次大戦以来の大軍拡を開始しています。その上、日本を初めとした同盟国に軍事費の2倍、3倍、5倍化を要求しているのです。「政治的に正しいやり方はしない」「一晩で文明を滅ぼす」などと帝国主義強盗の本性をむき出しにしています。没落し、危機を深める米帝が、それゆえに最も凶暴に世界戦争・核戦争に突っ込んでいます。


 他方、中国習近平スターリン主義体制も、世界革命を裏切り、帝国主義打倒を放棄した存在であるがゆえに体制的危機を爆発させ、帝国主義の核に対して核で対抗し、核戦争情勢を促進する役割を果たしています。

 欧州ではウクライナ戦争が継続するなかドイツとフランスが核戦力を統合し、フィンランドが核持ち込み容認を発表しました。

 この情勢の中で、トランプと並ぶ戦争放火者として高市が登場し、沖縄・琉球弧を軍事要塞化し日本全土にミサイルを配備し、「非核3原則見直し」「原子力潜水艦保有」を策動しています。そして先日の、小泉防衛大臣による日本の核武装について「タブーなく議論し、進めなければならない」という発言です。「日本を守るためには日本の核武装が必要だ」といって、中国人民の頭上に原爆を投下することを正当化しているのです。絶対に許すことはできません。

 被爆者は81年間放射能と差別に苦しみながら、「くりかえすな」と声をあげつづけてきました。私たちは絶対に繰り返させないと誓って、反戦反核を闘い続けてきたのではなかったでしょうか。目の前で中国侵略戦争が始まり、核戦争になろうとしています。今度こそ、すべてをかけて、命をかけて、核戦争を阻止しなければなりません。この戦争の元凶である帝国主義とスターリン主義を、直ちに打倒しなければならない。何よりも日本が再び中国・アジア人民大虐殺の侵略戦争に今度は核で武装して突き進もうとしている時、私たちはアジア人民に対する血償にかけて、これを阻止しなければなりません。


2 8・6ヒロシマ大行動の変革

 開始された中国侵略戦争ー世界戦争・核戦争を本当に止める!私たちは、1970年7・7自己批判と一体で始まった「アジア侵略、ヒロシマ・ナガサキを繰り返すな」の被爆者解放闘争の怒りと魂を革命的に引き継ぎ、8・6ヒロシマ大行動の生まれかわりをかけて、本日の反戦反核闘争を闘いました。

 指導的立場にある私たちが女性差別を訴える仲間を圧殺するという、女性解放闘争への全面敵対まで至った運動と、8・6闘争を帝国主義打倒の反戦反核闘争から「新自由主義と闘う職場での労組的団結拡大が一切とするような運動」への変質は一体のものです。「血債の思想」と「連帯し、侵略を内乱へ」の路線を放棄し、帝国主義が生み出す差別・排外主義を容認し、その現実に屈服していたのです。帝国主義打倒の思想と実践を失っていました。8・6闘争は、戦争式典を容認し、帝国主義の平和を前提とし、その枠内で反戦を主張する抗議運動になっていたのです。

 2024年2月、8・6暴処法弾圧での5人の不当逮捕、それを口実とした原爆ドーム前集会規制に対し、8月6日前夜からの徹夜座り込みで、機動隊の暴力に自らの体を張って闘い、この8・6闘争圧殺の弾圧を実力で粉砕し闘ってきました。原爆ドーム前集会を明け渡せば、戦争を推し進める連中への譲歩だと、そんな運動では戦争を止めることもできないと闘い抜いてきました。しかし、一方で戦争を止めると言いながら、中国侵略戦争―核戦争を推し進める帝国主義者らと一緒に黙祷し、今まで通り集会をやらせろというのでは、戦後的な平和主義的な限界にぶち当たっていると自覚しました。

  私たちは、今、帝国主義の下での「平和」、被抑圧民族人民への抑圧と虐殺によって成り立っている「平和」を拒否し、再びのアジアへの侵略戦争、核戦争に公然と突き進んでいる自国帝国主義を打倒する内乱、革命を対置する必要があります。その闘いを実現するために、この一年数ヶ月、これまでの自己と組織からの根底的決別をかけた自己批判を七転八倒しながら進めてきました。今日の闘いは、昨年までの闘いの殻をぶち破って、戦争式典そのものを直撃し、粉砕する闘い、高市打倒・帝国主義者どもを打ち倒す実力の闘いのスタートを切ったと思います。

 私たちがこの格闘をやり抜く上で、大きな力となっているのは、革命的女性解放闘争の創生とその前進です。革命的女性解放闘争は、自己の歴史と現実に染み付いている「汚物」と徹底的に対決していくことを通して、「血債の思想」を再獲得し、実践していく闘いです。同時に徹底した自己解放、全人間的解放の主体として自己をつくりあげていく闘いです。それはまた、一切の曖昧さを許さず、私たちの運動と組織を革命に向けて変革する推進力となっています。

 私たちは、革命闘争の烈火の中で真の変革を実現する不退転の決意をもって、今日の闘争をその出発点とします。 


3 被爆者解放・日帝打倒

 いまこそ、アジア人民への血債にかけて、アジア侵略からヒロシマ・ナガサキにいきついたそのすべてに対する怒り、恨み、悔しさを全面的に爆発させ、中国侵略戦争に突き進む日本帝国主義を打倒する時です。

 日本帝国主義は、台湾、朝鮮半島、中国東北部を植民地とし、朝鮮・中国人民から徹底的に奪い尽くした上に中国・アジア侵略戦争において2000万人の大虐殺を行い、軍隊慰安婦制度によって女性たちに性奴隷を強制しました。広島は日本有数の軍都として、このアジア侵略戦争を全力で遂行した都市です。広島に本拠をおいた陸軍第5師団はマレー大虐殺に代表される最凶悪の侵略軍隊でした。その侵略軍の凱旋を提灯で出迎える。これが原爆投下直前の広島の姿だったのです。市内には三菱重工を始め軍事工場がひしめき、そこでは強制連行された中国人・朝鮮人が暴力的に働かされていたのです。

 このアジア侵略戦争の帰結が原爆投下でした。

 昭和天皇ヒロヒトは天皇制の護持のためにポツダム宣言受諾を引き伸ばし、沖縄戦、ヒロシマ・ナガサキを引き起こしました。

 米帝は戦後の世界支配を有利にするために、ヒロシマ・ナガサキを実験場としてジェノサイドを行いました。原爆投下の翌月には「原爆で死すべきものは死んだ。放射脳で苦しんでいる者はいない」と宣言し、プレスコードで原爆の被害を訴えることさえ禁止し、他方でABCCによって被爆者をモルモットとしてきました。

 一瞬にして痕跡さえ残さず虐殺しただけでなく、生き残った被爆者も放射能によって次々と殺されていきました。日帝は被爆者が最も苦しみ、もっとも殺されていった10年間、なんの手立てもうたず見殺しにして、被爆者抹殺政策を取り続けてきたのです。

 多くの被爆者は、放射能に苦しめられながら、健康不安と闘いながら、そして被爆者への差別と闘いながら、生きてきました。

 1970年、多くの被爆2世が白血病などの「原爆症」で亡くなるなか、被爆2世の青年たちは7・7自己批判と血債の思想を決定的契機として帝国主義への根底的怒りを解き放つ決起を開始しました。

 「1970年7月7日、在日中国青年から日本人民のアジア侵略責任にたいする告発……を受けとめるところから、われわれははじめて被爆(者)問題をとらえはじめた。われわれはみずからがアジア侵略を担った人間であること……と同時に、この(戦後)26年間の在日朝鮮人・中国人にたいする抑圧の歴史に、人間的な自己批判を日本人民の組織的な、血の債務を支払うものとして展開せねばならない。広島、長崎の被爆は、日本階級闘争が、日本帝国主義のアジア侵略体制構築に敗北したことの結果であり、……だからこそ、われわれは被爆をもって、抑圧民族としての日本人民の歴史をなにひとつ免罪することはできない」(全国被爆者青年同盟編『君は明日生きるか』)

 広島では5万人、長崎で2万人の朝鮮人が被爆し、そのうち4万人が命を奪われたといわれています。朝鮮人被爆者は救護所からも排除され、治療も後回しにされ、日本人被爆者よりも1.7倍も死亡率が高いのです。「日本人ではない」と原爆手帳も持てない人も多く、手帳を持つ人も国籍を理由とする差別を受け、貧困と病気に苦しむ人が多かったのです。朝鮮半島に帰った被爆者に対しても日帝は何の責任も取っていません。

 植民地支配していた朝鮮・中国人民にさえ、被爆を強制してしまった。そして差別は続いている。この現実を作り出している帝国主義への怒りと、それを許してきた自分自身に対する根底的自己批判を通して、帝国主義の侵略戦争と、被爆者に対する差別・抹殺政策・英霊化に対して自己解放的に怒りを爆発させていったのです。

 「全被爆者よ! 立ち上がって『反戦被爆者の会』に結集しよう。地下に眠る何十万という死者の意志をうけつぎ、人類の未来に向かって。反戦・反核、反侵略の旗のもとに結集せよ......帝国主義侵略戦争に対して朝鮮人被爆者をはじめとする朝鮮・アジア人民と連帯し、最後の血の一滴まで戦う。核兵器廃絶と反戦平和を希求し、戦争と核兵器の根源を打ち倒す、不退転の決意をもって行動する」(1977年、反戦被爆者の会の結成宣言より)。

 1971年8月6日、被爆者、被爆2世、広島の労働者・学生・市民は、被爆者援護法制定を拒否して被爆者・2世への抹殺政策を進め、ベトナム侵略戦争に参戦し、沖縄の永久核基地化を策動する佐藤栄作首相の平和式典参加を直撃する実力糾弾闘争をたたきつけました。式典粉砕のデモと一体で「被爆者殺し、佐藤帰れ」「戦争犯罪人、佐藤帰れ」の怒りの声が式典会場を覆い、佐藤を平和公園からたたき出しました。機動隊への怒りは暴動闘争となって燃え上がりました。

 私たちは今年、71年のこのような闘い、その闘いを生み出した「闘う8・6ヒロシマの思想」を継承し、闘うものとして、戦争式典粉砕・高市打倒のデモを呼びかけました。中国侵略戦争が始まっている、核戦争が目の前に迫っている今、帝国主義への怒りと憎しみを解き放ち、帝国主義打倒の8・6闘争を爆発させるときだからです。


4 中国侵略戦争阻止、日本帝国主義打倒をたたかう反戦反核闘争 

 今日私たちが体ごとぶつかっていったあの式典とは何か。

 戦後81年間、米帝も、日帝も一度も被爆者に対して国家として補償どころか謝罪したこともないのです。
 昭和天皇ヒロヒトは戦争と原爆について「戦争中のことゆえやむを得なかった」「戦争責任という言葉のアヤについてはよくわからない」と居直りました。日本政府はいまも、被爆については「国をあげての戦争による『一般の犠牲者』として、すべての国民が等しく受忍しなければならない」(1980年、原爆被爆者対策基本問題懇談会答申)を公式見解として責任を拒否し居直り続けています。

 被爆から81年の歴史は帝国主義によって被爆者が見殺しにされ、モルモットにされ続けてきた歴史なのです。

 その帝国主義者どもが参列し、被爆者を「平和の礎」として、英霊としてまつり上げる。こんなことがどうして許せるかということです。

 何が「平和の礎」か! 日本は「平和国家」などではない! 日米安保体制のもと、朝鮮戦争・ベトナム戦争・イラク戦争、そして今イランへの侵略戦争も米帝の侵略戦争を支え続け、その軍事力を背景にアジアと中東の人民から略奪し続けてきた血塗られた帝国主義そのものではありませんか。

 その上、いまや非核3原則見直しを公言し、「核武装もタブーにせずに議論を」などと主張し、日夜中国侵略戦争に向かって突進する高市が来て、中国侵略戦争突入を宣言しようとしている。このことに対して、アジア人民大虐殺の血の償いを自覚するならば、そして被爆者の怒りと悔しさを共にするならば、体を張って実力でこの戦争式典を粉砕するしかない。これが私たちの結論です。

 日本共産党は憲法9条や非核3原則があるから日本は平和国家だと主張し、平和な日本を守れと日本帝国主義打倒の闘いに敵対しています。「女性天皇になれば女性差別がなくなる」と女性天皇を要求し、差別と戦争の元凶である天皇制強化を積極的に擁護、推進しています。絶対に許せません。

 8月6日は祈りの日、静かにせよと言います。冗談ではありません。8月6日は闘いの日です。ヒロシマ・ナガサキとそれに至る侵略戦争を引き起こした帝国主義に対する怒りと憎しみを爆発させる日です。そして今、再びのアジア侵略=中国侵略戦争を開始した帝国主義を、アジア人民への血債にかけて、そして被爆者の怒りと恨みを体現して、一日も早く打倒するために闘う日です。

 今日私たちはその闘いを開始しました。闘う中国人民、朝鮮人民、アジア人民と連帯し、日本帝国主義の中国侵略戦争を日帝打倒の内乱に転化する、そういう反戦反核闘争、そういう8・6ヒロシマ闘争の始まりです。

 殺されていったアジア人民の怒り、そして被爆者の怒りをともに、今日の闘いを突破口に、巨大な内乱的闘いを作り出していきましょう。11・1全国労働者総決起集会、そして11・22首都官邸デモに、大結集をかちとりましょう。